2021年の夏は中東全域で記録的な猛暑が続きました。気温が例年の夏に比べて7度近く上昇し、摂氏50度を超えたところもありました。すべての兆候が、この猛暑が一過性のものではないことを物語っています。

気温の上昇に伴い、水源の枯渇化が進むGCC(Gulf Cooperation Council/湾岸協力会議)諸国では、リソース不足やインフラの格差も相まって深刻な水不足に見舞われています。水不足問題は今や、中東地域の人々の暮らしや経済、そして未来を脅かす最も大きな課題のひとつと言っても過言ではありません。

需給ギャップの拡大

統計も、この課題の大きさを如実に示しています。

ユニセフ(UNICEF/国連児童基金)は、世界で最も深刻な水不足に陥っている17か国のうち、11か国 が中東・北アフリカ地域(カタール、イスラエル、レバノン、イラン、ヨルダン、リビア、クウェート、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(以下「UAE」)、バーレーン、オマーン)に集中していることを指摘しています[1]

2020年にOrient Planet Research(オリエント・プラネット・リサーチ)が発行した報告書[2]では、GCCの水需要が2050年までに年間33,733㎥に達するのに対し、想定貯水量は25,855㎥に過ぎないことが明らかにされており、今後30年以内に同地域の人口を支えるだけの十分な水を確保するには、水の供給量を77%増加しなければならないと結論づけています。

「現在、GCCの総人口は5,000万人を超過し、2050年までにさらに約1,400万人増加する見込みです。湾岸諸国は水を大量に消費する生活様式が浸透しており、経済成長も右肩上がりであることから、今後はさらに需給ギャップが拡大するものと思われます」とOrient Planet Group(オリエント・プラネット・グループ)マネージングディレクターのニダル・アボウ・ザキ氏は述べています。

GCC各国は、この課題に真剣に取り組まなければなりません。

サウジアラビアは、地球上で最も水資源に乏しい国のひとつとされています。「絶対的な水不足」の基準は1人当たり500㎥ですが、サウジアラビアの水の供給量は1人当たり年間89.5㎥しかありません[3]。UAEでは、過去30年で水位が毎年約1mずつ下がっており、今後50年以内に淡水資源が枯渇するとの予測もあります[4]

地方から都市部への移住、人口増加、水管理体制の不備、水インフラの劣化、ガバナンスの問題などの要因も深刻な水不足に拍車をかけています。GCCは世界で最も人口増加が激しい地域のひとつであり、その影響は都市部に顕著に表れています[5]。2022年のGCC加盟国の総人口は5,400万人を超えました。サウジアラビアだけでも、約3,600万人の人口を抱えています[6]

水不足の影響

水不足問題は、すでにGCC全域で深刻な社会的/商業的影響を及ぼしています。特に子どもたちへの影響は大きく、10人のうち約9人が深刻な水不足に悩む国や地域に住んでいます[7]

世界銀行は、水不足により、今後30年で一部の地域のGDPが最大6%減になると警鐘を鳴らしています[8]。また、水不足は移住、食料価格の高騰、紛争リスクの増加の原因にもなります。特に、GCC地域は多くの河川や湖沼が複数の国をまたぐため、水資源をめぐる意見の相違は日常茶飯事となっています。

ALJ Water Scarcity GDP
ALJ Water Scarcity GDP

独立系エネルギー政策アナリストのサガトム・サハ氏は次のように語ります。「モロッコからイランまで、中東のほぼすべての国が隣国と水資源を共有しており、国内に淡水資源がほとんどない国もあります[9]。海水淡水化の低価格化と農業用水の効率化を図ることで、地球温暖化が食料供給や健康に及ぼす影響を緩和できます。気候変動は数十年かけて起こるものです。現在の政策が、中東における気候変動の影響を左右します。政治家はこの問題を運命の手に委ねる必要はないのです」

危機感の高まり

水不足は今に始まったことではありませんが、この10年で問題は加速しており、世界中の専門家は今後もこの傾向は続くとの見解で一致しています。

気候変動により、水問題は今後5年、10年と長期にわたり深刻化していくでしょう。2021年に発表された研究論文「Arab Climate Futures」では、2040年〜2059年に中東の平均気温が2.0〜2.7℃上昇し、一部の地域では最大3.3度上昇する可能性が報告されています[10]

2021年8月に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した報告書には、今後GCCで冬季の乾燥が激しくなり、夏季の降水量が増加するとの予測が示されています。しかし、降水量が増加したとしても、猛暑の波であっという間に相殺されるのは確実です。

サウジアラビアのキング・アブドゥルアズィーズ大学にあるCenter of Excellence for Climate Change Research(気候変動研究センター・オブ・エクセレンス)のディレクターを務めるマンスール・アルマズルイ氏は、次のように述べています。「問題は、気温の上昇で雨が降ってもすぐ水が蒸発してしまうことです。また、異常気象により、雨も通常の雨ではなく、中国、ドイツ、ベルギーなどで発生しているような洪水を引き起こすレベルの大雨が予想されます。こうした洪水は、中東にとって大きな問題となるでしょう。気候変動がもたらす深刻な問題です」[11]

ユニセフも2022年3月に同様の懸念を表明しています。「この地域の水不足問題は、今後さらに深刻化するでしょう」とユニセフ地域気候変動アドバイザーを務めるクリス・コーメンシー氏は語ります[12]

これまでの対策

多くの地域では、すでに水の需要が供給を大きく上回り、状況は逼迫しています。幸いなことに、GCCの各国政府はここ数年で迅速な意思決定を行い、さまざまな気候変動対策を打ち出しています。

2019年、サウジアラビア政府は国家水プログラム「Qatrah(カトラー)」を発足させました。環境・水資源・農業省の一環として発足したQatrahは、国民の意識向上により個人の行動の変化を促し、2030年までに水の消費量を約43%(1日1人あたり150リットル)に削減することを目指しています[13]。また、サウジアラビアの水の大半は農業用水として消費されていることから、農業用水の節約にも力を入れています。

同様に、カタールは2008年に国家ビジョン(QNV)を打ち出し、経済発展と人的・天然資源の両立を掲げています。QNV2030では、水の消費量の削減と共に、従来とは異なる水資源の利用を奨励していく方針が打ち出されました。

2019年、UAEは、地下水が枯渇し、深刻な水不足に直面している10数か国のひとつに列挙されました[14]。これを受け、水資源の需要を21%削減し、処理水の再利用率を95%まで高めること、1人あたりの水の平均消費量を半分に抑えること、緊急事態に備えて45日分の水を貯蔵するための施設を準備することを掲げた「水安全保障戦略2036」が発表されました[15]

エネルギーおよびインフラストラクチャ相のスハイル・アル・マズルーイ氏は次のように述べています。「降雨量が限られているUAEは、長きにわたり低価格で清潔な水を十分に確保するために資源の見直しを迫られ、この戦略を策定するに至りました。乾燥地域に住む以上、他国よりも一段と強固な取り組みが必要です」

海水淡水化の動向

海水から塩分やその他の不純物を除去して、飲料水や工業・農業用水として使用できる真水を抽出する「海水淡水化」技術は、GCC諸国の水不足問題の解消を図る上で重要な技術のひとつと捉えられています。 

中東では、1日に必要な水の90%以上が海水淡水化技術で賄われています。海水淡水化への投資は急増しており、その48%は中東および北アフリカのプロジェクトに集中しています[16]

ALJ Water Desalination

地域別の海水淡水化容量

Shuqaiq 3(シュカイク・スリー)海水淡水化プラント

サウジアラビアは、世界の海水淡水化生産量の約5分の1(1日あたり約400万㎥)を占めており[17]、世界最大の海水淡水化市場を形成しています[18]

水の需要の増加に備えて供給量を増やすため、Qatrahプログラムの一環として今後10年にわたり新たな海水淡水化プロジェクトに800億米ドルを投資する予定です。今年初頭には、2027年までに1日あたりの造水容量を2021年時点の254万㎥から750万㎥まで増加することを目標に、60件の新規海水淡水化プロジェクトが発表されました。わずか6年で造水容量を3倍に増やす計算になります。

上記のような投資プロジェクトの筆頭に挙げられるのが、サウジアラビア南西部のジザン州紅海沿岸に設立されたShuqaiq 3(シュカイク・スリー)海水淡水化プラントです。

Almar Water Solutions(アルマー・ウォーター・ソリューションズ、Abdul Latif Jameel Enterprises/アブドゥル・ラティフ・ジャミール・エンタープライズの一部門)、Acciona(アクシオナ)丸紅株式会社Rawafid Alhadarah Holding Co(ラワフィド・アルハダラ・ホールディング・コーポレーション)によるコンソーシアム事業として発足したShuqaiq 3は、2022年1月に商業運転を開始しました。これは世界最大級の逆浸透膜(RO)海水淡水化プラントで、サウジアラビアの水セクターの近代化に重要な役割を果たす主要プロジェクトとして位置付けられています。

Shuqaiq 3の建設には、2,000名以上が携わりました。プラントには7,000本以上の逆浸透膜圧力管が使用されており、その長さは、端から端まで並べると全長約54kmに上ります。公称造水量は1日あたり45万㎥(オリンピックサイズのスイミングプール180面に相当)で、アシール州とジザン州の人口180万人の水の需要に対応します。

テクニカル・ディレクターを務めたルイス・モラレス氏は、プロジェクト当初から、プラントのエネルギー効率を最適化し、環境負荷を最小限に抑える設計を心がけたと述べ、次のように語っています。

「電力消費量を抑える設計を採用しました。例えば、膜のサプライヤーと連携し、海洋深層水で膜が効率良く機能するよう改良を加えています。また、高圧ポンプを個別に設置するのではなく「フレーム」単位で設置するシステムを設計し、すべてのポンプを同時に管理することでエネルギー効率化を図りました。2段階の海水の膜処理工程では、データを慎重に分析して改良を重ね、1回目と2回目の海水の分布が最適なバランスになるよう調整することで、さらなる効率化を目指しています」

「さらに、技術専門家と協力してウォーターポンプの圧力を4.5バールから3.9バールに下げました。数値だけ聞くとあまり大したことがないように感じるかもしれませんが、造水量が大きいプラントでは、小さな圧力の低下が大幅なエネルギー効率化につながります」

サウジアラビア、ジザン州紅海沿岸のShuqaiq 3 IWP(独立造水事業)。出資額は8億米ドル、造水容量は450㎥/日に上る。
Almar Water Solutions カルロス・コシンCEO

Shuqaiq 3は、水セクターの中でも極めて複雑で、革新性があり、持続可能なプラントとして認知されています。このプロジェクトは、ドバイで2019年9月に開催された中東エネルギーアワードで「Utilities Project of the Year(年間最優秀公共事業プロジェクト賞)」に輝き、中東地域における主要プロジェクトとしての地位を確固たるものにしました。

Almar Water Solutionsのカルロス・コシンCEOは次のように述べています。Shuqaiq 3海水淡水化プラントの建設は、非常に上手く行ったと自負しています。新型コロナウイルス感染症の世界的流行という試練に見舞われましたが、プロジェクトに関わったすべての人が実力を発揮してくれました。そのおかげで、Shuqaiq 3は、中東地域における最も画期的なプロジェクトのひとつとして成功を収めました。これからは、飲料水や工業・農業用水の供給を通じて、同地域における数百万人の人々の生活の質を向上できます」

また、Almar Water Solutionsは、エジプトのHassan Allam Utilities(ハッサン・アラム・ユーティリティ)と合弁事業を立ち上げ、同国の水インフラの活性化を目指してAA Water Developments(AAウォーター・デベロップメンツ)を設立し、エジプトの大手海水淡水化事業会社Ridgewood Group(リッジウッド・グループ)の買収を行いました。Ridgewoodは、国内58か所の海水淡水化プラントを運営しています。82,440㎥/日の造水性能を有し、国民に清潔で安全な飲料水を毎日供給しています。 

UAEでも、今年完成予定のTaweelah(タウィーラ)プラントをはじめとする大規模な海水淡水化プロジェクトが進んでいます。同プラントは、90万㎥/日の造水容量を有し、35万世帯以上に給水を行います。このプラントは、現在世界最大のROプラントをさらに44%上回る規模になる予定です。

また、同国のジュベル・アリのプラントは15万㎥/日の造水容量を有しています。さらに、シャルジャ首長国電力水庁(Sharjah Electricity & Water Authority)は、アル・ハムリヤに9,000万ガロン/日の海水淡水化プラントの建設を進めており、2026年に商業運転が開始される見込みです。

一方、オマーンの電力・水公社であるOman Power and Water Procurement Company(オマーン電力・水道会社/OPWP)は、12億5,000万米ドルを超える投資を誘致し、さまざまな再生可能エネルギーおよび水資源プロジェクトを計画しています。

同国にはすでに9基の海水淡水化プラントがあり、3億1,400万米ドルを投じて設立された最新にして最大規模のBarka(バルカ)4は、最大稼働時で7,400万ガロン/日の淡水を造水しています。また、OPWPは投資プログラムの一環として約3億5,000万米ドルを投じ、マスカットとバルカに新たな海水淡水化プラント2基の建設を予定しています。マスカットのGhubrah(グブラ)3 IWPの造水容量は30万㎥/日、バルカのBarka 5 IWPは10万㎥/日に達する予定です[19]

こうしたプロジェクトからも分かるように、中東は世界の中でもとりわけ深刻な水不足問題に直面しているものの、それを克服し、地域社会への十分な給水を確保するためのコミットメントと対策や、投資戦略を掲げています。

Fady Jameel, Deputy President and Vice Chairman, Abdul Latif Jam
アブドゥル・ラティフ・ジャミール
副社長兼副会長
のファディ・ジャミール

「今や海水淡水化は不可欠な技術のひとつであり、水供給が逼迫するにつれて、一層重要性を増していくでしょう。安定した政治と経済成長、そして数百万に上る人々の生活が海水淡水化にかかっています」とAbdul Latif Jameel社長代理兼副会長のファディ・ジャミール氏は語ります。

「水不足という課題に取り組むには、水の消費量を削減し、より効率的な廃水リサイクルを開発するための協調的な取り組みが必要です。海水淡水化は、地球の未来を守る上で不可欠な役割を果たします。

水の危機はすべての人に関わる問題です。しかし、だからこそ、皆で力を合わせてこの課題を解決できると信じています」

 

[1] https://www.unicef.org/press-releases/one-five-children-globally-does-not-have-enough-water-meet-their-everyday-needs

[2] https://www.orientplanet.com/PressReleasesWM.html

[3] https://borgenproject.org/water-crisis-in-saudi-arabia/

[4] https://thewaterproject.org/water-crisis/water-in-crisis-middle-east

[5] http://graphics.eiu.com/upload/eb/gulf2020part2.pdf

[6] https://worldpopulationreview.com/country-rankings/gcc-countries

[7] https://www.unicef.org/mena/water-scarcity

[8] https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2016/05/03/climate-driven-water-scarcity-could-hit-economic-growth-by-up-to-6-percent-in-some-regions-says-world-bank

[9] https://www.atlanticcouncil.org/blogs/menasource/how-climate-change-could-exacerbate-conflict-in-the-middle-east/

[10] https://www.iss.europa.eu/content/arab-climate-futures#:~:text=Climate%20change%20in%20the%20Middle,severely%20impacted%20by%20its%20effects

[11] http://iwconf.org/podcast-iwc

[12] https://www.unicef.org/press-releases/one-five-children-globally-does-not-have-enough-water-meet-their-everyday-needs

[13] https://www.waterworld.com/wastewater/article/16202937/saudi-arabia-launches-program-for-a-drastic-reduction-in-water-use

[14] https://www.thenationalnews.com/uae/environment/uae-water-resources-under-extreme-stress-new-report-finds-1.895660

[15] https://u.ae/en/about-the-uae/strategies-initiatives-and-awards/federal-governments-strategies-and-plans/the-uae-water-security-strategy-2036#:~:text=In%20September%202017%2C%20Ministry%20of,vision%20to%20achieve%20prosperity%20and

[16] https://menadesal.com/wp-content/uploads/2020/02/MENA-Desalination-Feb-2020.pdf

[17] https://menadesal.com/wp-content/uploads/2020/02/MENA-Desalination-Feb-2020.pdf

[18] https://gulfbusiness.com/uae-saudi-arabia-lead-global-water-desalination-projects/

[19] https://www.zawya.com/en/economy/gcc/water-energy-projects-to-see-125bln-investments-in-oman-kh94kvuc