火の鳥 鳳凰編  単行本⑤ ⑥  作:手塚治虫 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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鳳凰編  
感想

我王と茜丸。全くタイプの違う男の人生が交互に描かれ、東大寺の鬼瓦造りという仕事で再びクロスする。
罪の量(と言ってはおかしいが)から言えば、圧倒的に我王の方が悪。出生の悲劇はあるものの、生きるため、簡単に人を殺して金品を得る人生。
それに対して茜丸は、我王に斬り付けられ、利き腕が使えなくなっても精進を重ね、鳳凰像造りで才能を開花させた。

だが、冤罪で二年もの間投獄された事により、我王の人格に何かが芽生える。良弁は意図して我王にその試練を与えた。
逆に茜丸は、名声を得たがために、それを守ろうと、自分の受けた傷を暴露して我王の残された右腕も奪う。

 

善と悪の狭間で人が何を考え、どう動くか。単なる勧善懲悪と言えない。悟りを開いたとも思える我王の末裔に、今後更に続く災難を思うと・・・・・気が滅入る。

 

あらすじ

鳳凰編(前編) 初出:「COM」(1969年8月号 ~ )

村で男の子が生まれる。父親は喜んで赤子を抱いて山神様へ知らせに行くが、途中崖から落ちて死ぬ。赤子は重症。
それから十年。その子は我王。片腕、隻眼。握り飯を賭けた力比べで勝つ。母親へそれを持って行くが、嫌がらせで泥水を掛けられる。

執拗に相手を見つけて仕返し。そして村から逃げ出す。
人家に押し込み、子供を人質にして飯を食い、金を出せと脅迫。

父親が人を呼びに行ったのを知り、子供を刺殺して逃げる。

 

山で焚火をしている大和の茜丸。永宝寺へ菩薩像を見に行くところだった。そこへやって来た我王。服を脱いでこちらによこせと脅迫。

更に服を脱いだ茜丸の右腕を切りつける。

 

 

我王を追って来た、茜丸の妹だという女性。我王を咎めるが、逆に捕まり道連れにされる。
茜丸は、永宝寺に何とか辿り着き、住職に手当てをしてもらうも、腱が切れており、右手はもう使い物にならない。

嘆く茜丸に住職が庭の彫刻を見せる。鹿やサル。見事な出来栄え。

それは住職が水のしずくで作ったもの。

最初のものは十二年かかった。
残った左手でやり直そうと考える茜丸。寺男として置いてくれるように頼む。親は死に、兄弟も、姉も妹も居ないと言った。

 

山を下りても我王は女を解放せず、無理やり女房にした。

里で一家を皆殺しにして金を奪った。女を速魚(はやめ)と呼んだ。

自分には生き続ける権利がある、とうそぶく我王。
道で老僧とすれ違う我王。老僧は「死相が出ている。

鼻の病で、あと2~3年が命の分かれ目だ」と言う。

住職の元で百日の滝行を続けた茜丸。今までの思い上がりを反省する。住職は茜丸に惚れ込み、彫り物をする部屋を準備していた。

勇んで彫り始める茜丸だったが、思うようには行かない。

 

我王は相変わらず強盗、殺人を繰り返していた。ある日奪った鏡を速魚にやるが、彼女の姿が鏡に写らないのに驚く。

速魚は、男が写る鏡と女が写る鏡があると言ってごまかす。
しばらくして、鼻の不調に苦しみ始める我王。
ある日手下に、鼻へ薬を塗ってくれと頼むが、男はそれが毒だと言った。速魚がいつも買ってくれている薬。
怒り狂った我王は速魚を斬ろうとする。速魚は必死で否定するが、我王はとうとう斬ってしまう。

こと切れる前に速魚は、自分がかつて我王に助けられた者だと言った。仏師とは関係なかった。本当は心のやさしい、いい人、と言って死んで行った。その足元に、動かなくなったてんとう虫が。

街をうろついていて捕らえられた我王。腑抜けのようになっていた。

市中引き回しの上、大内裏に引き出された。

そこにはかつて我王の寿命があと2~3年と言った僧がいた。
僧は我王を供に連れて行脚をするつもりだった。

僧の名前は良弁(ろうべん)僧正。自分の事を悪いと思っていない我王を否定せず、輪廻についてを説く良弁。
我王は夢でうなされ、人間のままでいたい!と叫ぶ。

 

茜丸の名声を聞いて訪れた橘諸兄(たちばなのもろえ)。

鳳凰を彫る依頼を持って来た。見た事もないものは彫れないという茜丸に三年で彫れとの命令。間に合わなければ打ち首。

この依頼を断っても両腕を切り落とし両目をえぐられる。
鳳凰の情報を求めてあらゆる所を捜し回る茜丸。

だがどこへ行っても判らない。
茜丸の業績に注目しているという住職が、古文書を見せてくれた。

四百年前のクマソという国の記録。

そこには火の鳥の詳しい記述があった。
筑紫国を目指して出発する茜丸。

 

ある日、茜丸はすれ違った男の顔に見覚えがあり、あわてて戻った。

それは間違いなく我王。いきさつを聞く良弁。

殺すなら殺せ、と居直る我王に、自分を守ることで精一杯だと言って無視し、良弁に鳳凰のうわさを聞いたらぜひ教えて欲しいと言い残して去って行く茜丸。

荷物を担いで倒れている男に食べ物を与えるよう指示する良弁。

だが我王は、この男の積み荷は米でありペテンだと言って中の米をぶちまけた。

良弁は、これが年貢米であり自分で食べることが出来ないものだと言って叱責。男は息絶えた。
世の中の理不尽に憤る我王は、くるい病にとりつかれたという村で、供養をしてくれと皆から言い寄られる。

経も知らず、供養も出来ないという我王。
近くにあった木で、形ばかりの供養柱を作ると、村人は喜んでそれを拝んだ。
良弁はそれを見て見事だと言い、改めて気のむくままに好きなものを彫ってみよと、そばにある木を指さす。
猛然と彫り進める我王。出来た面からはうめき声が聞こえるようだった。
次いで粘土で像をどんどん作らせる。二時間足らずで百体以上。
良弁は、我王がこの像を作るために生まれて来たのだと説き、その腕で何万人も救うと言った。
他の人間を救うつもりなどない、と反発する我王。

 

火の鳥の情報を求めて一年を費やした茜丸だが、成果はない。
ある村で「石子詰め」の刑罰を受けている少女に出会う。

年貢米を盗んで食っていた。いきがかり上それを引き取る茜丸。

名はブチと言った。
火の鳥の居場所を知っていると言って沼に入らされ、森の中で焼け死にそうになったり、と散々な目に。

しまいには自分が火の鳥だと言い出した。
小屋で食事の後、鳥になってやろうか、と裸になるブチ。

だが茜丸は相手にしない。初めてそんな男に会って、ブチは泣き出す。

二年目も過ぎようとしていた。ブチは茜丸に連れ添っていた。
ブチに身の上を話す茜丸。

ブチは逃げればいいと言うが、それは不可能。
殺される前に観音像を彫りたいと、ブチにモデルを頼む。
一心に彫る茜丸。

そのうちにブチは自己催眠のためか硬直状態となってしまった。
茜丸が彫る姿を見て、見物人が増え、中には食べ物の差し入れをする者も出て来た。
そんな時、橘諸兄の部下が、あと十日で三年だと言って茜丸を引っ立てて行く。

だが大嵐に見舞われ、役人は一日だけ観音像完成の猶予を与える。
それでようやく観音像を完成させたが、一緒について行こうとするブチを役人が殺してしまった。

 

橘諸兄の前に引き出された茜丸は、あと五十年必要だと言った。

首を切られようとする時、以前鳳凰の事を訪ねた吉備真備が助けてくれた。
吉備は、茜丸の彫った観音像に惹かれ、それを手に入れたかった。

鳳凰を一目見たいという茜丸。遣唐使に加えて欲しいという願いは無理だが、正倉院の御物の中にある鳳凰を見ることが出来るよう計らってくれた。
鳳凰像を見て感動する茜丸。

 

唐に向かう船に乗っている茜丸。時化の中で海に落ちる。

目が覚めると自分が微生物になっており、その後はカメ。

魚に食われ、その後カメとなって一生を過ごし、最後は捕まって首を切られる。次に鳥として生まれ、親に連れられて火の鳥の元へ連れて行かれる。私の姿を良く覚えておきなさいと言う火の鳥。

 

 

鳳凰の絵の前で目覚めた茜丸。夢に出て来た火の鳥をはっきりと記憶している。
吉備に鳳凰像の制作を申し出る茜丸。
単行本 第5巻 第一刷 1983年


鳳凰編(後編) 初出:「COM」( ~ 1970年9月号)

吉備真備の元で九割方鳳凰像を完成させた茜丸。

だがこれにはまだ魂が入っていないという。
帝と接見する橘諸兄。帝が大仏を作り、我が国を仏教国家とする事業を吉備にやらせよう、という案に真っ向から反対した。
そこへ、茜丸の作った鳳凰像を献上に来た吉備。

そして大仏の件を茜丸にやらせて欲しいと願い出る。

 

良弁と我王。我王が付き人になってから、三年が経とうとしていた。

良弁の言葉を真に受けて一千体の石像を作る願掛けをやっている我王。
寺の修繕現場を通りかかると、盗賊に放火されたという。

村人が我王を見て犯人だと騒いだ。ケガをさせるなという良弁の言葉を守り、捕まってしまう我王。

牢に入れられ、拷問を受ける。良弁は逃げてしまったという。
いっそ殺してくれ、と叫ぶ我王の元に速魚の幻影が。

牢の土壁に、皿の破片で何かを削る。

拷問は続き、寺の鐘の突き棒にまでされた。
延々と続く拷問の中で、我王は壁に仏像を彫り続けた。

知らせを聞いて驚く修行僧たち。だが僧正への連絡は見送られた。

 

二年の歳月を経て、盗賊の真犯人が名乗り出た。

我王の彫った仏像を見て絶句する僧正。

 

 

僧正は我王を牢から出し、アカを落とさせた上で食事をふるまった。

二年間で別人の様に穏やかになった我王を見て驚く修行僧たち。
そのまま寺を辞そうとする我王に僧正は、この国分寺の金堂の鬼瓦を作って欲しいと申し出た。
気乗りのしない我王だったが、いつまでも逗留して良いという僧正の言葉を受け入れた。

それにしても我王を見捨てた良弁の気持ちが未だに判らない。

それから一ケ月。我王は毎日食っては寝の生活を繰り返す。

僧正は辛抱強く待った。
ある日、気晴らしに酒を持って出掛けた先で、大量の材木を運び出す現場に出くわす。大仏殿建立のためだという。人足らが事故で倒れても無視された。死んだ人足を見て「お前の領分だ」とうそぶく役人。
我王は怒りに燃え、寺に戻り猛然と鬼瓦作りを始める。

見事な出来栄えに驚く僧正。そして、良弁が奥州平泉の国分寺に居ると教えた。そこで即身仏になるという。

 

深い雪山を超えて寺に辿り着いた我王。

住職は、良弁が即身仏になるため穴に入ってもう、十日経つと言う。
土に埋められた良弁の元に駆け付けると、まだ良弁は生きていた。

死んで何になる、と泣く我王に、いま都で作られているという大仏の話を始めた。
王は釈迦如来、家来は仏たち、そして政治は「仏の教え」だ、という体制作りの道具として、大仏がその最大の象徴を担って作られる。
実は帝に大仏作りを進言したのは良弁だった。

そのために全国を回って金集めをしていた。我王に会ったのはその頃。
この平泉から多くの金が出る事になり、大仏建立の事業は吉備に渡され、良弁の手から離れた。今になって良弁は、自分が道具に使われただけだと悟った。残された道はこれしかないと言う。

我王は、良弁が仏になるまで、そこにずっと座り続けた。
そして修行僧らの手で掘り返される良弁。

十日ほど陰干しすれば完成(まるでシイタケの陰干し)。
即身仏となった良弁の前に座り、悟りの境地を味わう我王。

なぜ生きものは死なねばならないのか、いや、なぜ生きるのか? 死ぬために生きるのか。
虫魚禽獣、死ねば・・・どれもみんな同じ。

人が仏になるなら、生きとし生けるものはみんな仏だ!
生きる?死ぬ?それが何だというんだ。

宇宙のなかに人生など一切無だ!ちっぽけはごみなのだ!

 

それから三年。我王は各地をさまよいながら、請われるままに仏像、鬼瓦を作り続け、次第に名を知られるようになった。
役人が我王を訪れ、東大寺大仏殿 金堂の鬼瓦作りを命じに来た。

気の進まないものは作らん、と断る我王。

その年の夏は三ヶ月もの間、雨が降らず、地方だけでなく大仏建設の現場でも多くの人が死んだ。
大仏建立の責任者となった茜丸は、大仏が涙を流しているとの話を聞き、工事を進めるのは無理だと吉備に訴えた。だが聞かない吉備。
そこへ良弁が即身仏になったという報が。

帝への報告で、良弁の身代わりを立て、工事は何がなんでもやり遂げろとの叱咤。雨さえ降れば、と呟く吉備。

橘諸兄に呼び出される茜丸。吉備は失脚して、大仏建立の仕事は橘が引き継いだというのだ。

打ち首を覚悟したが、大金を渡されて家来になれと言われる。
増長する茜丸の元に、死んだと思われていたブチが姿を現した。

ひどい肩の傷は自分で治したという。パトロンを乗り換えてでも大仏を完成させようとする茜丸を、バカだと言うブチ。

名を残したいという茜丸に、こんなものを作っても日照りは収まらない、とも。

 

橘が、鬼瓦を作る名人だという我王の事を聞きつけて茜丸に話す。

作らせてみるか、という提案に「腕くらべ」をしたい

と言い出す茜丸。呼び出された我王を見て驚く茜丸。
腕くらべの要領は、東大寺大仏殿大屋根の鬼瓦八体を七日間のうちに作り、いずれか一者を採用するもの。
構想が全く湧かず、あせる茜丸。
一方、怒りの感情で生い立ちからの人生を振り返る我王。

その呪いと恨みに血塗られて来た姿に絶望する。
お前だけではない、との言葉。そして処刑される男。

一千年後の子孫だという。流刑星でさまよう男も子孫。
生きもの創造に一生をかけた猿田博士も子孫。

もうたくさんだ、と叫ぶ我王の元に現れる火の鳥。
目を覚ました我王は、猛然と粘土をこね始めた。

 

鬼瓦の審査をする時が来た。茜丸に次いで、我王の作品が現れた時、その迫力に皆が声を上げた。
だが審査員の投票結果では、辛くも茜丸の勝ち。

だがこれは橘の裏工作だという異議が出される。
茜丸の負けだとまで言われて、茜丸はとうとう、この男がかつて彼の利き腕をだめにした者であり、東大寺の瓦を作る権利はないと言い放った。
罰として我王の残った右腕を斬り落とし、都から追放する事を要求。
両腕を失って都から去る我王。

茜丸の鬼瓦が大仏殿に取り付けられ、我王のそれは正倉院の北倉に納められた。

 

その北倉から出火。カラカラに乾いた状態のため一気に燃え広がる。

大仏殿を守るため、火を消そうと走り回る茜丸。だが丸焦げの姿に。

その時火の鳥が来て、お前は死ぬのです、と告げる。

 

 

焼け跡から茜丸と思われる骸骨。ブチはそれを拾って持ち帰った。
七五二年四月九日に行われた大仏の開眼式。未曾有の国家的儀式。民衆をにらみ下ろす大仏。

山中に暮らす我王。美しい景色に涙を流す。
日課の仏像彫りをしていると、ブチが骸骨を持って、供養してくれと頼んだ。兄の茜丸だという。

単行本 第6巻 第一刷 1982年