解けない5次方程式の解が見つかる
しかしながら、5次方程式の話には続きがあります。1858年、フランスの数学者シャルル・エルミートが楕円関数を用いた5次方程式の解法を発表しました。ほぼ同時期に、イタリアの数学者フランチェスコ・ブリオッシとドイツの数学者レオポルト・クロネッカーもまた同等の解法を見出しました。
このエルミート= ブリオッシ=クロネッカーの解法は、3次方程式のある解法の拡張になっています。3次方程式は代数的な解法以外に、三角関数を用いた解法が知られています。三角関数は代数的な関数ではありません。実際、三角関数のテイラー展開である無限級数展開が知られています。
高校の数学で、三角関数の「倍角公式」を習ったかもしれません。三角関数を2乗したものを、元の角度を2倍にした三角関数と結びつける公式です。さらに3倍角の公式も存在します。これは、三角関数を3乗したものを、元の角度を3倍にした三角関数などと関係付ける数式です。
この3倍角の公式を用いて、3次方程式に対する解の表式を作ることが可能です。この解は、元の方程式の係数から有限回の代数的な操作(四則演算とベキ根)によって得ることはできません。なぜなら、三角関数が代数的な関数でないからです。
実は、楕円関数には「5倍角の公式」が存在します。このことを用いて、エルミートらは5次方程式に対する代数的でない解を得ることに成功したのです。
エルミートらの解の存在は、アーベル=ルフィニの定理やガロア理論と矛盾しません。なぜなら、その定理やガロア理論の結論は「代数的な解が存在しないこと」だからです。代数的でない、例えば無限回の代数的な操作(四則演算とベキ根)で得られる解は、その非存在定理の呪縛から逃れることが可能なのです。
明治時代、日本から米国への移動手段は何週間もかかる船旅しかありませんでした。20世紀になると飛行機が登場して、今では出発したその日のうちに、日本から米国に移動することが可能になっています。その飛行機を用いても、人類は月までは行けません。しかし、人類はロケットを開発し、月に到達できるようになりました。
このように、手段を変えれば、到達できる範囲も変わってきます。同様に、数学の世界でも許される数学的操作への制限・条件を変更すれば、その数学理論が適用できる範囲も変わってくるのです。その結果として、ある問題が解けるか解けないかということが、前提とする数学的条件や手法に依存することがあります。
このような5次方程式の解法をめぐる話は大変興味深いものです。ある方程式が「解ける」あるいは「解けない」ということを論じるさいには、その解を得るための手段——例えば代数的な操作に限る——をはっきりとさせる必要があるのです。
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解を得るための手段をはっきりさせることは「三体問題」を考察するときにも重要になります。オイラー、ラグランジュ、ポアンカレといった、科学史にその名を遺す数学者・科学者の挑戦を、次々にはねのけてきた未解決問題の難しさはどこにあるのか……ぜひ、ブルーバックス『三体問題』をご一読ください。