JASRACへの排除措置命令確定、放送と音楽を巡る著作権管理はどう変わるのか?

知的財産権・エンタメ

目次

  1. JASRACと公正取引委員会の間に何があったのか
  2. そもそもJASRACは必要なのか?
  3. どうなる、これからの著作権管理業界

 去る9月14日、一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)は、公正取引委員会に申し立てた審判請求を9月9日に取り下げたと公表した。この取り下げによって「JASRACへの排除措置命令が確定」と各メディアにて大きく報道されたが、一体どのような点が問題だったのだろうか。
 18日にはテレビ番組のネット同時配信化を政府が発表し、改めて脚光があたる放送と音楽著作権の包括処理について福井健策弁護士に聞いた。

JASRACと公正取引委員会の間に何があったのか

今回の排除措置命令の確定に至るまでの経緯を教えてください。

 日本のプロの楽曲の95%までを管理するJASRACは、各テレビ・ラジオ局との間で「包括契約」というものを結んでいます。全ての管理曲について年間一括で放送の許可を与え、定額の使用料(放送事業収入等の1.5%)を徴収するものですが、この方式が「排除型の私的独占」といって、独禁法に違反するのでやめよという「排除措置命令」を公正取引委員会が2009年に出したのです。JASRACはこれを不服として戦い、2012年には公正取引委員会が自らの命令を取り消す「JASRAC無罪」の審決を出します。

 今度は、JASRACの競争事業者である「イーライセンス」(現ネクストーン)社がこれを不服として、公正取引委員会を相手取って東京高裁に訴訟を提起し、2013年高裁は審決には誤りがあるとして公正取引委員会に差し戻す判決を出し、2015年に最高裁もそれを追認した、という流れです。
 これは単に審議のやり直しを命ずるものだったのですが、JASRACが今回「排除措置命令」を受け容れて、従来の包括徴収方式を改めると表明したことで、命令が確定することになりました。

事態の流れと概要

2009年2月 公正取引委員会:JASRACに排除措置命令
理由:JASRACが各テレビ・ラジオ局との間で行っていた「包括徴収方式」が「排除型の私的独占」にあたる
2009年4月 JASRAC:「排除措置命令」を不服として公正取引委員会に対して審判請求
2012年6月 公正取引委員会:自らの「排除措置命令」を取り消す審決
2012年7月 「イーライセンス」(現ネクストーン)社:上記の審決を不服として、公正取引委員会を相手取って東京高裁に訴訟を提起
2013年11月 東京高裁:審決には誤りがあるとして公正取引委員会に差し戻す判決
公正取引委員会:判決を不服として上告
2015年4月 最高裁:上告を棄却
2016年9月 JASRAC:審判請求を取り下げる

JASRACと公正取引委員会 事態の流れ

公正取引委員会はJASRACのどのような契約を問題視したのでしょうか?

 JASRACの圧倒的シェアを考えれば、どの放送局にも包括契約を結ぶ以外の選択肢はないでしょう。その場合、年間の料金は定額ですから、JASRAC管理曲を幾ら使っても支払は増えません。他方、JASRAC以外のイーライセンスなどの管理曲を放送で流せば追加の使用料がかかります。するとコスト増になるので、それを嫌えば放送局はJASRACの曲ばかりを使うことになる。 結果として、JASRAC以外の著作権管理事業者の参入が害されかねない、という判断ですね。

なぜ、排除措置命令から7年が経過したこのタイミングでJASRACは審判請求を取り消したのでしょうか?

 JASRACは2015年2月から、問題とされた「一括定額」の利用料方式を改めるべく、放送局の団体などと「五者協議」と言われる話し合いを続けていました。その結果、各放送局から放送した全曲の報告を受け、放送された全曲におけるJASRAC管理曲の割合を算出できる目途が立ったようです。こうすれば、例えば「放送事業収入の1.5%に対してJASRAC曲の割合を掛けあわせてその金額を受け取る」方式に移行できます。すると「JASRAC曲だけ使っていれば安く済む」という事態はなくなりますから、独禁法の懸念は解消される。つまり 従来のやり方をやめる目途が立ったので、排除措置命令を受け容れたという、所定の行動でしょう。

そもそもJASRACは必要なのか?

JASRACによる集中管理そのものへの批判も世間では多く見られますが、どのように考えますか?

 報道の初期にはJASRACが著作権を集中管理していること自体を非難する声も見られました。しかし、権利が集中的に管理されていること自体は決して悪いことではありません。デジタル化が進む中、例えばYouTube上にアップされる動画数は年間約10億と推計されるなど、流通するコンテンツの量は急速・膨大に増大しています。現代は、 この膨れ上がったコンテンツの利用許可といった「権利処理」の社会コストが、大きな課題です。ワンストップで権利処理が行える著作権の集中管理は世界的にも通常で、むしろ情報化の中でその進化が求められています。今回も、そうした集中管理の変革の一環とも言えるでしょう。

どうなる、これからの著作権管理業界

今後、著作権管理業界にどのような変化があると思いますか?

 膨大となったコンテンツの権利処理は情報革命のボトルネックであり、政府知財戦略でも集中管理の促進が挙がっています。例えば映像分野などは極めて多様な権利が複雑に交錯するので、従来のジャンルごと管理だけでなく、ジャンル横断的に管理団体がネットワーク化されて、バーチャルな「スーパーJASRAC」が誕生する可能性はあるでしょう。文化庁は、まずは音楽分野を皮切りに、権利情報の集約化の実証実験を始める方針で、その担い手にJASRACなどが加わって来る可能性も高いでしょう。
 ただし、大きな力には大きな責任が伴います。現状でもJASRACの力が図抜けて大きいのは事実で、その行使には当然公共性が求められるでしょう。権利者の利益だけを考えていると見られる態度ではなく、透明性、ユーザーの利便性など、今まで以上に真剣な取り組みを出来るかを社会が注視しています。

今回問題となった包括契約は、先日政府が発表したテレビ番組のネット同時配信にも影響があるのでしょうか?

 放送の同時再送信は、かなり思い切った法改正をしない限りは、音楽著作権をはじめ使われる膨大な著作物の新たな権利処理を必要とします。そして、個別処理は物理的に不可能ですね。よって、音楽での包括契約は同時再送信を含むように再協議されるでしょうし、実は「著作隣接権」などの他の要素でもこの必要性が浮上します。まさに放送界に新たな権利処理と契約交渉の波が押し寄せるのですね。

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