これからご紹介する私(このページの筆者でもある、「エスクァイア」US版のスタイルディレクターを務めるジョナサン・エヴァンズ)の話には、2つの告白が含まれていることを、まずは皆さんにお伝えしておくべきでしょう。

 最初の告白は、次の内容になります。

 私が映画『ファイト・クラブ』を最後に観たのがいつだったか分かりませんが、もしかしたら、それはあの映画が公開された年である1999年であったかもしれません。もしもそうなら21世紀になる直前であり、私はまだ思春期の真っ只中。米ペンシルバニア州フィラデルフィア郊外で暮らしていました。 
 
 それ以降に『ファイト・クラブ』を観ていたとしても、今となってはそれもかなり昔の話となるでしょう。ですが記憶の中では、1999年もしくは2001年か2002年あたりに私はすでに、この映画『ファイト・クラブ』は「凄い映画である」という認識を持っていたのは確かです。

 当時の私は、未熟なティーンエイジャーでした。なので、あの映画にみられる深く解決の難しいメッセージを心にとめ、実際にそれを突き詰めようとはしませんでした。私は単に、『ファイト・クラブ』でブラッド・ピットが演じたキャラクター、タイラー・ダーデンに憧れを抱いていたのです。具体的には、ピットが着ていたアビエイター・ジャケットであり、また、彼の割れた腹筋に憧れていたものです。その一方で、なんとなくではありますが、「商業主義を否定する」方向のメッセージがこめられていることを感じとり、そこにちょっとした苛立ちを抱いていたことも告白しておきましょう。

Film and Television
Moviestore/Shutterstock
『ファイト・クラブ』に出演した2大スター、ブラッド・ピット(左)とエドワード・ノートン。

 いまとなっては少し理解できていますが…。映画『ファイト・クラブ』は、例えばタイラーのセリフ「お前が所有したものに、最後には所有される」といったように、いわゆる「人は欲しいものを手に入れたら、また次が欲しくなる生き物」「象箸玉杯(ぞうちょぎょくはい)の思い」といった人間の性を否定するような映画だったと思うのです。そんな映画を観ながら私は、なぜか物欲に火がついてしまったという滑稽な事態を招いてしまったのです。それが、タイラー・ダーデンが着こなしていた革ジャンだったのです。

 そして、ここで2つめの告白をしましょう。

 そして私は、実際にあの革ジャンを購入してしまったのです。もちろん、映画に出てきた本物ではありません。アレとよく似たものであり、eBayで何時間も探し回った末に見つけたものでした。当時は「ファイト・クラブ・ジャケット(Fight Club jacket)」とキーワードを入れて検索すると、簡単にその目当ての商品が見つかりました。そう、あの革ジャンのレプリカは、当時はたくさんつくられいたのです。 
 
 私が購入したのはレプリカと言うよりは、単にくすんだ茶色の古着と言っていいかもしれません。この革ジャンにはとても大きな襟と、ボタン留めできる前立て、それにヒップポケットが付いていました。映画に出てきたものとは若干違うところもありましたが、実にそれらしい感じのする革ジャンでした。

 この革ジャンはくたびれてはいましたが、それでも十分着られるものだったことは確かです。そして、私の体にフィットしてさえしていました。ですが、赤もしくはバーガンディー系のもっと濃い色目のものを見つけられなかったという事実を、私は今でも嘆いてはいます。そんなカラーが手に入れていたら、「完璧だったのになぁ」と…。

 それでも私は、その古着の革ジャンが大好きでした。そして、あの革ジャンを手放さずに、そのまま自分で持っていれば良かったことかと後悔もしています。

Fight Club - 1999
20th Century Fox/Kobal/Shutterstock
革ジャン姿が似合う、ブラッド・ピット。 expand=

 『ファイト・クラブ』に見られるような…「毒を含んだ(刺すような)男らしさ」は、かつてないほどバカげているようにも思えます。が…あの革ジャンだけは、今でも格好よく思えて仕方ありません。

 60年代後半から70年代前半にかけての時代の気分は、2019年の男性ファッションにも脈々と息づいています。例えばグッチの「マキシマリズム」(要素をすべて網羅するかのように、「足し算」していくデザイン手法)な美学を追求する傾向や、あるいは単にプリーツ、キャンプカラーの付いたシャツ、ハイウエストのジーンズといったものの復権といったものも、そうした流れの現れだと言えるでしょう。 
 
 プリーツ、キャンプカラーの付いたシャツ、ハイウエストのジーンズとぴったり合うアイテムが何であるか皆さんご存知ですか? その答えこそが、あのテイラー・ダーデンの革ジャンなのです。

 哲学じみた彼のセリフは、ここではすべて放っておきましょう。なにせ彼のセリフは、今の時代にはまったく合わないものになってしまっていますので…。 

 

 

 
 

From Esquire US 
Translation / Hayashi Sakawa 
※この翻訳は抄訳です