映画『正欲』稲垣吾郎インタビュー──「価値観が次第に揺れ動いていくさまは、映画や物語、そして僕の演技の見どころの一つだと思います」

朝井リョウの同名小説を実写映画化した『正欲』が11月10日(金)に公開される。「傑作か、問題作か」が問われる衝撃的な作品で主演を務める稲垣吾郎に、本作を中心に、役づくりや演じることへの想いを訊いた。
映画『正欲』稲垣吾郎インタビュー──「価値観が次第に揺れ動いていくさまは、映画や物語、そして僕の演技の見どころの一つだと思います」

稲垣吾郎、モノと役への強いこだわり

撮影当日、稲垣が身につけていた腕時計は、私物のPATEK PHILIPPE アクアノートだった。

ギャラリー:映画『正欲』稲垣吾郎インタビュー──「価値観が次第に揺れ動いていくさまは、映画や物語、そして僕の演技の見どころの一つだと思います」
Gallery4 Photos
View Gallery

「時計は純粋にきれいだなと思うし、とても好きですね。じつは今回の映画のお話をいただいた後に、1960~70年代のIWCアンティークの白エナメルのドレスウォッチを買ったんです。この映画で演じた寺井啓喜は堅物な性格だから、きっとこんな時計をしているんじゃないかな、と僕なりに想像しながら。でも結局、僕が購入したIWCは提案せず、撮影時は持道具さんが用意した日本製の時計を着用しました。監督と話して、脚本を読み込んでいく中で、少しずつ役柄のイメージが変化していきましたから。そのIWCも、今日着用しているアクアノートも、とても大切な時計です。プライベートで大切に使っています」

実際に稲垣は、腕時計やカメラなど、さまざまなアイテムへの造詣やこだわりが強いことでも知られている。

「映画を観ていても、ついついクルマや道具、インテリアに目がいってしまうんです。自分だったら、どんなものを置いたり身につけたりするか、という目線で映画や役柄を観てしまいますね。『モノと役』というのかな。撮影中にずっと使っていた小道具には、やっぱり思い入れが強くなります。撮影後にその小道具を買い取ったり、いただいたりすることも多いですね。ちなみに、僕が使っているソムリエナイフは、20代の頃に出演したドラマ『ソムリエ』(1998年)で使用したもので、役名が刻印されています。撮影後にプレゼントしていただいて、20年以上経った今も大切に使っています」

“普通”でいること、いないこと、いられなかったこと

普通であることに人一倍こだわる人間と、普通ではいられないことで生きづらさを感じている人間たち──それぞれの視点から、多様性とは何かを鋭く問いかける。『正欲』は、直木賞作家・朝井リョウが作家生活10周年の節目に書き上げた衝撃作だ。稲垣は、主役の寺井啓喜を演じた。

「最初は『この小説を映画化するんだ、すごいな』と素直に驚きましたが、非常にチャレンジングでわくわくしましたね。さまざまな葛藤を抱えた登場人物たちがふとした瞬間に交差し、そして驚きの結末が待っているという物語の構成は、朝井リョウさんの作品の特徴の一つで、毎回その展開に圧倒されています。だからこそ、いつも映像化は難しそうだと想像してしまう。それをこんな素晴らしい映画に仕上げた監督の岸善幸さんや脚本の港岳彦さん、制作スタッフの皆さんは、本当に大変だったと思います。そして何より、そんな作品の主演に僕を指名してくれたことが本当にありがたくて、ぜひ応えたいという想いで演じました」

検察官の寺井は、不登校になった息子に戸惑いをおぼえていた。職業柄、事件に日々向き合っているからこそ、寺井は社会のレールを踏み外すことに対して、疑問や恐れを強く感じている。

「この映画をご覧になる多くの方が、最初は寺井の目線から物語に入っていくと思います。そこには僕のイメージや、これまで僕が演じてきた生真面目な役柄のイメージも、大きく影響するかもしれません。

しかしそれとは反対に、実際の僕は、職業的に普通じゃいけないし、人と同じではダメだと思って生きてきました。それこそ少しとがって見せたり、変わったものを取り入れながら発信したりしていたところもありましたね。長年グループで活動してきたから、誰かと同じ発言をしちゃいけないといった思いは余計に強かったと思います。それは、普通でいることに固執する寺井の価値観とは大きく違います。でも、彼が検察官として社会や秩序を、あるいは夫や父親として家族を守ろうとして発揮する正義感は、結果的に人を傷つけてしまうものだけれど、僕にも理解できなくはない。

自分は誰かに『こうあるべきだ』なんて正しさを一方的に押しつけたりしない自信があっても、彼のように守るものができたら、どうなるかわかりません。それに、寺井のような年齢になれば、自分はこういう生き方をしてきて正しかった、間違っていなかったと信じたいだろうし、その気持ちも否定しがたい。だからこそ、そんな彼が“多様性”に触れて、本当の正しさや幸せとはなんなのか、と価値観が次第に揺れ動いていくさまは、映画や物語、そして僕の演技の見どころの一つだと思います」

相手を大切にしながら応答を楽しむ

近年、稲垣は映画や舞台での主演が続き、俳優としての活躍が特に目覚ましい。長年の活動経験が加わりながら磨かれていく演技に対して、自身はどのような想いを抱いているのか。

「僕はずっとテレビが主戦場だったし、歌手としての活動や、バラエティ番組への出演が多かった。だから、芸能界でのキャリアはとても長いけれど、俳優としてはまだまだ初々しい気持ちでいるんですよ。

今回の映画は非常にセンシティブな内容を含むため、新垣結衣さんや磯村勇斗さんをはじめ、共演者の多くがそれぞれ非常に難しい役柄を演じています。『もちろん、映画は観る人それぞれが自由に受け止めるものだけれど、演じ手や制作側は、気持ちを共有して足並みを揃えて作品をつくっていかなければ』と、岸監督からお話があったと聞きました。僕は役柄上、彼らとは逆の立場で、ある意味では距離も必要な立場だった。だからこそ、いつも以上に、現場の感覚やフィーリングを大切にしながら演じていきました。

思えば、普段から、現場でのライブ感をすごく大切にしていると思います。だってそうじゃなきゃ、やっぱり面白くないから。映像作品での共演者や、バラエティでの対談相手の反応を受けながら、自分がどう応答するかということが、僕がやってきたことでもある。その点は、ずっと変わっていないのかもしれません。

今後は、さらにいろいろな作品に出演し、役柄ごとにガラリと変わる演技や表情を皆さんに見せられたらいいですね。そうありたいと思う。それこそ、俳優として最も楽しい部分ですから。映画はまだまだ全然やり足りないです」

稲垣吾郎

俳優・歌手

1973年、東京都生まれ。音楽活動のみならず、俳優、タレントとして、幅広いジャンルで活躍中。近年の出演映画に、『ばるぼら』『窓辺にて』などがある。

ジャケット ¥510,000、タンクトップ ¥260,000、パンツ ¥195,000、シューズ  ¥330,000 by Dior(クリスチャン ディオール)時計本人私物

『正欲』

家庭環境、性的指向、容姿──様々に異なった背景を持つ人たちを同じ地平で描写しながら、人が生きていくための推進力は何なのかを炙り出していくストーリー。無関係に見えたそれぞれの人生が、ある事件をきっかけに交差する。

11月10日(金)公開  配給:ビターズ・エンド
© 2021 朝井リョウ/新潮社
© 2023「正欲」製作委員会

PHOTOGRAPH BY YOSHIYUKI NAGATOMO
STYLED BY AYANO KUROSAWA
HAIR STYLED & MAKE-UP BY JUNKO KANEDA
WORDS BY YUKI NIEKAWA