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掻けば掻くほど〜日経サイエンス2015年6月号より

悪循環をもたらす犯人が判明

 

かゆいところを掻くとかゆみが広がる。皮膚に爪を立てるとすっきりするが,長続きしない。たいていは,かゆみがさらにひどくなる。この悪循環の原因が意外にも,いわゆる“幸せホルモン”のセロトニンであることが最近の研究で明らかになった。

 

かゆみは単なる弱い痛みにすぎないと考えられていたが,ワシントン大学(セントルイス)掻痒研究センターのチェン(Zhou-Feng Chen)らが2009年,かゆみに特異的に反応するニューロンをマウスに発見した。かゆみと痛みは同一ではないが密接に関連しており,脳の特定領域で同じ神経経路を共有している。このため一方を活性化すると他方が抑制されるので,引っ掻くとかゆみが一時的に治まる。

 

しかし引っ掻くことによって,痛みを和らげる作用があるセロトニンの放出が誘発されることにもなる。かゆいところを掻くと気持ちよく感じるのは放出されたセロトニンのおかげなのだが,チェンらの最近の研究によると,掻けば掻くほどかゆくなる原因でもある。

 

「痛み緩和」と「かゆみ誘発」が相互作用

かゆみ感受性ニューロンは,痛みを和らげるのに寄与する受容体とかゆみを引き起こす受容体をセットで持っている。セロトニンは痛み関連受容体にしか結合できないが,この2種の受容体が互いに近くにあって物理的に相互作用しているため,セロトニンが痛み関連受容体に結合すると間接的にかゆみの経路を増強する。

 

チェンらがマウスで2種の受容体を同時に活性化したところ,かゆみ誘導性受容体だけを活性化した場合よりも激しく体を引っ掻いた。別の実験では,セロトニンを作る細胞がないマウスの皮膚に刺激物質を塗った場合,正常なマウスよりも引っ掻き方が激しくなかった。Neuron誌に報告。

 

人間については,かゆみに特異的に反応するニューロンはまだ特定されていない(マカクザルでは確認されている)。だからいまのところは,こう言っておくのが安全だろう。かゆいところを掻く前には,よくよく考えること。■

 

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