薬物依存からの脱却 高知東生「7年目の決意」

薬物に依存した過去を悔い、「依存症の人が回復しやすい社会になるように」と自身の経験を発信している俳優の高知東生さん=令和3年10月、東京都中央区(鴨志田拓海撮影)
薬物に依存した過去を悔い、「依存症の人が回復しやすい社会になるように」と自身の経験を発信している俳優の高知東生さん=令和3年10月、東京都中央区(鴨志田拓海撮影)

「死んでしまったほうが楽ではないかと思った」-。俳優の高知東生(たかち・のぼる)さん(57)は平成28年6月、覚醒剤などを所持したとして逮捕され、全てを失った。あれから約6年。現在は薬物依存症からも立ち直りつつあり、依存症回復支援のため自身の経験について発信を続ける日々だ。なぜ、薬物に手を出したのか。高知さんに当時を振り返ってもらった。

ストレス発散で…

あの日のことは、今も鮮明に覚えている。

曇り空が広がり、朝から蒸し暑かった28年6月24日の午前8時半過ぎ。横浜市内のホテル一室で薬物使用後に知人女性と一緒に眠りこけていると、「ドンドン」と扉をたたく音が聞こえた。

「動くな」。次の瞬間、大勢の人が部屋になだれ込んできた。関東信越厚生局麻薬取締部の取締官だった。部屋にあった覚醒剤や大麻は押収され、その場で知人女性とともに覚醒剤取締法と大麻取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕された。「終わったんだな」。そう悟ると、自然と体から力が抜けていった。

薬物との付き合いは長かった。地元の高知県から上京したての20代のころ、東京のディスコで仲間らと覚醒剤を使っていた。だが芸能界にデビューして以降は、映画やドラマに出演するなど多忙な生活が続き、薬物とはしばらく距離を置いていたという。

やがて俳優以外の仕事に関心が向き、18年から美容事業に参入したが、大手エステチェーンとの業務提携が頓挫し、スタッフの経理上の不正も発覚。一向に軌道に乗らないビジネスに不満がたまり始めたころ、妻がいながら、知人の誕生日会で出会った女性と頻繁に会うようになった。

互いに薬物使用の経験があり、意気投合して再び薬物に手を出すことに。最初はストレス発散のためだったが、次第に使用したことの露見を恐れ、不安を紛らすためにまた使用する悪循環に陥った。それから逮捕されるまで6年弱。気づけば薬物の深みにはまり、抜け出せなくなっていた。

相次ぐバッシング

逮捕後に保釈された際、薬物治療の専門医からは「薬物依存症」と診断された。その事実に愕然(がくぜん)とする一方で、後悔の念にもさいなまれた。

ワイドショーなどでは、「薬物と愛人に溺れた俳優」「有名女優の元妻を裏切った男」とバッシングされた。離婚した元妻に対しても「高知を芸能界に復帰させるために、元妻が動いている」とする根拠のない報道が飛び交った。

「当時は自分のせいで彼女にまで大きな迷惑をかけてしまったと悔やんだ。芸能人が逮捕されれば反響が大きくなると理解していたが、痛烈なバッシングに打ちのめされた」

裁判では懲役2年、執行猶予4年の判決が下った。当時は芸能界に復帰する気は毛頭なく、一からやり直すつもりだった。だが、執行猶予期間中は世間の風当たりが強かった。知人の会社経営者に「うちで働かないか」と声を掛けられたこともあったが、数日後には話が一転。「取締役会で薬物再犯のリスクが指摘された」と白紙にされた。人間関係も壊れ、仲の良かった芸能界の仲間たちとも音信不通になった。

「世間が自分の罪を忘れてくれるのを静かに待つしかない」。自粛を徹底したが、再起の見通しは立たず、孤独から精神状態も不安定に。身から出たさびとはいえ、追い詰められた。「死んでしまったほうが楽ではないか」。自宅マンションのベランダに立ち、飛び降りることも考えた。

「当時は人生を悲観していた。あの時期が一番つらかったかも」

支援者との出会い

転機が訪れたのは、執行猶予期間中の31年。公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表(57)からツイッターを通じて寄せられたメッセージがきっかけだった。《会いませんか》。最初は断っていたが、何度もメッセージを送る田中代表の根気強さに負けて一度会ってみることにした。

そこで提案されたのは、意外なものだった。「私たちは依存症の啓発活動をやっている。高知さんの経験を語ってほしい」。突拍子もない話に驚く中、田中代表は立て続けに「そのためには薬物依存症から回復することが必要です。任せてください」とほほえんだ。

依存症の理解を深める啓発イベントに登場した(右から)高知東生さん、元プロ野球選手の清原和博さん、歌手の杉田あきひろさん、1人置いて塚本堅一さん。アルコール依存症だったことを告白したロックバンド「ZIGGY」の森重樹一さん(左から2人目)も参加した=令和2年3月、東京都内
依存症の理解を深める啓発イベントに登場した(右から)高知東生さん、元プロ野球選手の清原和博さん、歌手の杉田あきひろさん、1人置いて塚本堅一さん。アルコール依存症だったことを告白したロックバンド「ZIGGY」の森重樹一さん(左から2人目)も参加した=令和2年3月、東京都内

田中代表にまず紹介されたのが、依存症の人が集う自助グループだった。そこでは参加者が症状や悩みなどを赤裸々に話す。高知さんの番になり、同じような苦悩を抱える参加者の前で自分の感情を表に出すと、気持ちが楽になったように感じた。

さらに「12ステップ」と呼ばれるプログラムにも取り組んだ。自身の過去と向き合い、依存症になった要因を探るもので、「プログラムを終えたが、今も自身の生い立ちや家庭環境などをゆっくり振り返っている」と話す。

「回復しやすい社会に」

田中代表の計らいで、自身と同様に薬物で逮捕された著名人らと交流できたことも、心の支えとなった。

危険ドラッグを所持したとして、高知さんの約5カ月前に逮捕された元NHKアナウンサーの塚本堅一さんからは、「高知さんの経験を困っている人のために伝えていってください」と背中を押してもらった。

高知さんは現在、依存症の正しい知識などを伝える「依存症予防教育アドバイザー」の資格を取得し、全国各地で講演活動を行っている。令和2年5月には、依存症を題材にした会員制交流サイト(SNS)配信のドラマで俳優として復帰。ただ、薬物依存症からはまだ立ち直りの途上にあり、今も薬物を使用していたころの夢を見たりする。

「薬物依存の怖さはよく知っている。だからこそ偏見に満ちた依存症に対する理解を広め、依存症の人が回復しやすい社会になるように今後の人生を使いたい」。高知さんはそう心に固く誓った。(宇山友明)

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