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「私はいつもクィアであると感じてきた」──常識を軽やかに飛び越えるティルダ・スウィントンの生き方。【社会変化を率いるセレブたち】

今月第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でお披露目された映画『フレンチ・ディスパッチ』(2021)でジャーナリスト役を演じた俳優ティルダ・スウィントン。圧倒的なパフォーマンスで世界を魅了するティルダは、自身を“クィア”と呼び、あらゆる境界線を打ち破る。
CANNES FRANCE  MAY 15  Tilda Swinton attends the photocall for The Dead Don't Die during the 72nd annual Cannes Film...
CANNES, FRANCE - MAY 15: Tilda Swinton attends the photocall for "The Dead Don't Die" during the 72nd annual Cannes Film Festival on May 15, 2019 in Cannes, France. (Photo by Toni Anne Barson/FilmMagic)Toni Anne Barson / FilmMagic / Getty Images

「私は、いわゆる“映画オタク”です。映画の世界に心酔しています。だからカンヌ映画祭そのものの存在に、心の底から幸せを感じるのです」

今年7月、アメリカ『バラエティ』誌にこう語ったのは、俳優ティルダ・スウィントン。アメリカの架空の新聞社のパリ支局を舞台とした3部作映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2022年日本公開予定)で、ティルダはジャーナリストのJ・K・Lベレンソンを演じている。長年のコラボレーターである本作の監督ウェス・アンダーソン曰く、才能と個性に溢れたクセもの編集者やジャーナリストたちが織りなす物語は、彼がこよなく愛する『The New Yorker』誌へのオマージュだという。

180センチの長身と、クールで知的、アンドロジナスな存在感をまとうキャサリン・マチルダa.k.aティルダは、1960年にスコットランド人の父親とオーストラリア人の母の間にロンドンで生まれた。ケンブリッジ大学で政治学と社会学を専攻する傍ら、劇団「ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー」で演劇を学び、卒業後はカルト映画の名監督である故デレク・ジャーマンの目に留まり『カラヴァッジオ』(1986)で映画俳優としてデビュー。以降、彼の作品の常連俳優となった。その後、『ザ・ビーチ』(2000)でレオナルド・ディカプリオと共演し、ハリウッド進出を果すと、サスペンス映画『ディープ・エンド』(2001)でゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)にノミネート。『ナルニア国物語 / 第1章:ライオンと魔女』(2005)で演じた白の魔女役でも強烈な印象を残した。また、2007年のサスペンス映画『フィクサー』では、アカデミー助演女優賞と英国アカデミー賞助演女優賞を獲得した。

私は“恐らく”女性。

2019年5月、娘のオナーとともに第72回カンヌ国際映画祭に出席した俳優ティルダ・スウィントン。Photo: MICHEL JOHNER / Getty Images

プライベートでは結婚という形式にこだわらず、’97年に劇作家のジョン・バーンとの間に双子のザビエルとオナーをもうけた。ジョンとのパートナー関係は’05年に解消しているものの、今も子どもたちや現在のパートナーで芸術家のサンドロ・コップを含めて皆で旅行へいくほど友好関係を築いている。そんなティルダは、今年2月にUK版『VOGUE』にこう告白した。

「私はいつも、自分がクィアであると感じていました」

それから遡ること2009年、女性の権利やジェンダーギャップの問題などを発信し続けるアメリカの報道団体「Women’s International Perspective」主催のイベントに出席した際、ティルダはこう語っていた。

「私は恐らく女性です。かといって子どもの頃から女の子だと自覚できたかというと、それは疑問です。長いこと自分のことを男の子のような存在だったと思っていたので、わかりません。自覚は変わるものですし、誰が決められるでしょう?」

2021年7月、映画『フレンチ・ディスパッチ』が上映されたカンヌ国際映画祭にて。Photo: Lionel Hahn/Getty Images

ティルダが自身のクィアなアイデンティティをより強く意識するきっかけとなったのは、肉体が男性から女性に変わる主人公の貴公子を演じた映画『オルランド』(1992)だ。ティルダはこう続ける。

「オルランドは、男性と女性の間を自由に行き来する存在です。この役を演じた時、私自身の在り方にしっくりくるものがありました。というのも、私には、そもそもジェンダーアイデンティティというものが存在するのかどうかもわからないからです。ジェンダーが流動的な役柄を演じる際に感じることがあります。母親は、母親の顔しか持つことができないのでしょうか?幾つもの顔を持つことはアイデンティティとは見なされないのでしょうか? “変身”こそ、表現者としての自分の核の部分です。そしてこれはジェンダーに限らず、とてもパーソナルなことだと思うのです。でも、もし自分をカテゴライズしなくてはならないのなら、“私は恐らく女性です”と言っておきます」

枠にとらわれない生き方。

2019年のカンヌにて、映画『デッド・ドント・ダイ』のクルーとともに。左から、監督のジム・ジャームッシュ、監督のサラ・ドライバー、ティルダ、俳優のルカ・サバト、俳優のアダム・ドライバー、俳優のクロエ・セヴィニー。Photo: Dominique Charriau / WireImage / Getty Images

映画制作において自由で多様なジェンダー視点が十分ではなかった時代、常に自身の居場所を探していたというティルダ。ゲイであることを公表していたデレクをはじめ、自身と感性が近い映画監督たちとの出会いが、ティルダの人生において大きな意味を持ったと先の『VOGUE』のインタビューで語っている。

「私は自分のクィアネスを自覚しています。私は自分と同じような感性を持ったクィアな仲間を探していました。でも今ならはっきりとわかります。それは、私の人生に関わるすべての人のことだと。監督のウェスも、ポン・ジュノも、ジム・ジャームッシュも、一緒になって作品をつくり上げる彼らは皆、私にとって家族です」

そんな彼女はいつだって、撮影をともにするプロダクションのことを“家族”と呼ぶ。実際、撮影現場では料理を皆に振る舞い、一緒に食べたり話したりすることを、演技と同等に大切にしている。

「私にあるのはキャリアではなく人生です」

監督のマーク・カズンズは、「ティルダは、型や境界を嫌います。真のクリエイターにとって、それらの枠組みは超えなくてはならない大きな障害となるからです。彼女を一言で表現するなら『Transgressive(=敢えて慣習に逆らう人)』でしょう」と評する。

慣習に逆らい、自らの心に従った型破りな選択をすることは容易ではない。だが、そのドライブはどこかややってくるのかと問われたティルダは、意外にもこう語った。

「実は、野望を持ったことは一度もないんです。それこそ野心溢れる人が集まるこの業界の慣習に反することかもしれません。でも事実です。ただ、海のそばのスコットランドのハイランド地方の大自然の中で、何にもとらわれず、家族や友人、それに犬たちと一緒にいつまでも笑って暮らしていたいだけ。その夢を、今こうして叶えることができて本当に幸せです。それ以外のことは、ちょうどインテリアに飾るキャンドルや花のようなもの。人生の“ボーナス”です」

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Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba