メルセデス・ベンツEQS450 4MATIC SUV(4WD)
可能性の先に見えたもの 2023.08.04 試乗記 3列シートを備えるメルセデス・ベンツのフラッグシップ電動SUV「EQS SUV」に試乗。5mを大きく超える全長と2m以上の全幅によるボリューム、2.9tもの車重、そしてハイテクを駆使した新機軸のインテリアに圧倒されるが、走りの実力やいかに。思ったほど広くない
EQS SUVは、ひと足先に発売されたバッテリー電気自動車(BEV)のフラッグシップセダン「EQS」のSUV版だ。この下にはセカンドフラッグシップ(?)のセダン「EQE」があり、欧州では「EQE SUV」も登場している。BEVに熱心な欧州メーカーのなかでも、こうしてフラッグシップ級のBEV専用車を4車種もいち早くそろえるあたり、あと7年=2030年までに全車BEV化する(と宣言した)メルセデスの本気をうかがわせる。
こうした早業の後ろ盾となっているのが、これら4車が共有する「EVA2」なる骨格設計だ。EVA2は従来のプラットフォームより、さらに広範囲かつ大胆に共通化されているのが特徴で、4車は基本メカやレイアウトはもちろん、インテリアデザインまで共有する。
このクルマの3210mmというホイールベースはEQSと同寸で、その前後輪間に搭載される107.8kWhのバッテリー容量もセダンと共通。さらにいうと、EQSは前後トレッドもSUVとセダンで非常に近い。公開されている両車のアンダーフロア画像を見ても、ちがうのはタイヤサイズとサイドシルの厚みくらいで、パッと見では区別がつかない。
EQS SUVは見てのとおり、セダンに対して、より背高のパッケージレイアウトになる。ただ、その背の高さが、従来のエンジン車ほど実際の居住性につながらないのは、バッテリーを床下に敷き詰めるBEVの宿命だ。このEQS SUVもヒップポイントこそ高いが、床も高いので、初代~2代目「Aクラス」に似て、アシを前に投げ出したような着座姿勢になってしまっている。サードシートを有するのもこのクルマの売りだが、その下にリアモーターとそれ用のコントロールユニットがあるせいか、空間的に思ったほど広くはない。さらに、台地のようなフロア上に座面クッションを直接貼ったようなシート構造なので、座り心地も最高とはいいがたい。あくまで緊急用と割り切ったほうがいい。
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新機軸がテンコ盛り
今回の試乗車にも装着されていた全面ガラスインパネ(オプションあつかい)もEQSやEQEシリーズの特徴である。3枚のディスプレイをもつ巨大T字ガラスが眼前に広がる光景は、いまだに前席に座っただけで驚く。テレビや動画も視聴可能な助手席ディスプレイは少しアップデートされており、これまではヘッドフォンを装着しないと使えなかったのが、助手席に座るだけで映るようになった。ただし、運転席側からのぞき込んでも、一部コンテンツは見えない……という安全機能は備わる。
メルセデス肝いりの電動専用車ということもあって、EQS/EQEシリーズはこれ以外にも、全身に新機軸がテンコ盛りである。
「エナジャイジングパッケージプラス」は、アロマ、シートヒーター/ベンチレーター、シートの振動マッサージ機能、そしてAV機能……を駆使して、乗員に活力や癒やしを与える機能。同様の機能はこれまでもあったが、EQSのそれは思わず笑ってしまうほど本格的だ。気分に合わせていくつかのテーマがあるのだが、たとえば「ウォーム」を選ぶとディスプレイに暖色系の抽象動画が流れつつ、ヒーターで身体を温めてくれる。また「バイタリティー」ではズンドコ系サウンドとシートヒーター、座面振動で身も心も元気になる(笑)。「プレジャー」では爽やかな動画と背中のマッサージで癒やしてくれるし、「ウェルビーイング」はシートヒーターの温度がちょうどいい。
ちなみに、この機能は助手席と運転席それぞれで10分もしくは20分単位で作動させることができて、音楽とアロマの有無が選べるなど同乗者への配慮も万全。……こう書いているとまるで冗談みたいな機能に思えるかもしれない。「ガソリンを燃やさないと、萌(も)えない」という中高年クルマオタクの筆者も、この種のギミックは好きではなかったはずなのに、早起きロケ帰りの眠気が襲ってきそうな瞬間に使ってみたら……すっきりと目が覚めた。
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とてつもなく快適
EQS/EQEシリーズではこうした快適機能だけでなく、走り方面でも新機軸が多いのだが、今回のSUVらしい機能にGPSを使った「車高レベル上げ」機能がある。これはエアサスの車高を上げて走った道を“不整路”として記憶して、次に同じ場所を通るときには自動でリフトアップしてくれるというもの。
さらに、ステアリングパドルでは「普通回生」のほか、高速などでコースティングさせる「回生なし」、とワンペダルドライブ的な「強化回生」が選べる。他社BEVでは回生強度を何段階も選べるものもあるが、考えてみれば、細かく減速度を使い分けるという発想自体、エンジン車の変速機イメージに縛られている。実際、今回の試乗でも、3つの回生パターンで困ることなど一度もなかった。
街なかや高速道路をゆったりと走るかぎり、EQS SUVはとてつもなく快適だ。ドライブモードを「コンフォート」にセットしておくと、路面からの当たりそのものはフワリと柔らかい。こういう場合に上屋のユラリとした動きが少し大きめの気がしないでもないが、床下に巨大なバラスト役のバッテリーがあるおかげか、またサスペンション制御も優秀なのか、ユラユラが続いたり、大崩れしたりすることはない。
静粛性も印象的なほど高いが、センター画面の「車内サウンドエクスペリエンス」では、パワートレインの疑似サウンドが3種類から選べる。デフォルトっぽい「シルバーウエーブス(和訳すると、銀の波)」はいかにも電気っぽいサウンドで「ビビッドフラックス(鮮やかな溶剤)」はエコーが効きまくり、「ロアリングパルス(うなる鼓動)」は一瞬エンジン音を思わせるもので、フラット4とVツイン、アメリカンV8を足して3で割ったように(?)とにかく振動感にあふれるサウンドだ。こうしていろいろ試すうちに、BEVならではの“いい音”が醸成されていくのだろうか。
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2.9tの車重はスーパーヘビー級
最大10度という後輪操舵のおかげで、街なかでは笑ってしまうほど小回りがきくので、この巨体のわりには狭い道にもズカズカ踏み込める。5.1mという最小回転半径は「トヨタ・カローラ クロス」よりも小さいとメルセデスの日本法人は説明する。山坂道や都市高速でもアクセルペダルを踏んでいるかぎり、アンダーステアにもオーバーステアにもならないのは、この四輪操舵に加えて、緻密なトルク制御のおかげだろう。
このクルマはもちろん4WDだが、画面でトルク配分を観察していると、低負荷時には2WDになる瞬間も頻繁にあるようだ。しかも、FFとRRを細かく使い分けているのは興味深い。ただ、どういうパラメーターでFFとRRを使い分けているのかは定かではない。電費とかモーター温度かしら……。
いずれにしても、整備された良路でのダイナミクスには感心するEQS SUVだが、路面が少しでも荒れるとドシバタが目立つようになり、わずかな下りこう配でも途端にブレーキが厳しくなるのは、やはり2.9tというウェイトのせいだろう。アクセルペダルを踏んでいるかぎりは、快適で小回りもきいて、操縦安定性も高いのだが、子細に観察すると、交差点でも“どっこいしょ感”は否めないし、タイトコーナーや強めのブレーキングでは、あっけないほど簡単にタイヤが悲鳴を上げる。
「テスラ・モデルX P90D」で2.5t、「BMW iX xDrive50」で2.6t、メルセデスAMGの「EQS53 4MATIC+」やBMWの「i7 xDrive60」で2.7t前後。これまでwebCGで筆者が試乗させていただいた、これらの大型BEVと比較しても、EQS SUVは約200kgかそれ以上重いのだ。地上高も大きい。市街地を普通に運転しているだけで、ここまで重さを痛感させるクルマは、少なくとも筆者は初めてだ。タイヤとバッテリーの革命的進化がないかぎり、これ以上のサイズでピュアな電動車をつくるなら、燃料電池しかないのではと思う。欧州でも急進的なBEVメーカーがつくるEQS SUVは、高級高性能BEVのさらなる可能性を感じさせつつも、同時に現時点でのBEVの限界も突きつけている。
(文=佐野弘宗/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
メルセデス・ベンツEQS450 4MATIC SUV
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5135×2035×1725mm
ホイールベース:3210mm
車重:2900kg
駆動方式:4WD
フロントモーター:交流同期電動機
リアモーター:交流同期電動機
フロントモーター最高出力:120PS(88kW)/3206-1万3874rpm
フロントモーター最大トルク:260N・m(26.5kgf・m)/0-3206rpm
リアモーター最高出力:242PS(178kW)/3183-1万3772rpm
リアモーター最大トルク:540N・m(55.1kgf・m)/0-3183rpm
システム最高出力:360PS(265kW)
システム最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)
タイヤ:(前)275/45R21 110H/(後)275/45R21 110H(グッドイヤー・イーグルF1アシメトリック5)
交流電力量消費率:221Wh/km(WLTCモード)
一充電走行距離:593km(WLTCモード)
価格:1542万円/テスト車=1822万5000円
オプション装備:ボディーカラー<ダイヤモンドホワイトメタリック>(18万7000円)/AMGラインパッケージ(44万円)/ショーファーパッケージ<EQS SUV専用>(85万8000円)/デジタルインテリアパッケージ(121万円)/ブラウンマグノリアウッドインテリアトリム<メルセデス・ベンツパターン>(11万円)/21インチAMG5スポークアルミホイール(0円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:1596km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(5)/山岳路(3)
テスト距離:601.5km
消費電力:--kWh
参考電力消費率:4.4km/kWh
佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。