まりっぺのお気楽読書

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神聖ローマ皇帝聖ハインリヒ2世妃 聖クニグンデ

2010-12-07 01:26:39 | ドイツ系王妃
清く美しい夫婦であり続けた(らしい)
聖ハインリヒ2世妃 聖クニグンデ・フォン・ルクセンブルク


975~1040/在位 1014~1024

幼くして王になったオットー3世は22歳の時、マラリアあるいは毒で
亡くなっています、どうやら未婚だったみたいです。
またもや嫡子がいない問題にぶちあたる王家でございます。
そこで、オットー2世の甥にあたるハインリヒ2世が即位することになります。

後に聖人になったハインリヒ2世の妃は、これまた聖人クニグンデ。
ルクセンブルク公ジークフリート1世の公女で、7代遡るとカール大帝にいきつきます。

       

お互いが早くから敬虔だったのでしょうか?
ハインリヒ2世とクニグンデの結婚は精神的な繋がりが重視されて
信仰のパートナーとして関係を築き、床入りはしない、てなことが同意されたらしい…

本当かいな? と疑いたくなりますよね? わたくしもものすごく疑う。
当時もクニグンデを中傷する人々はいたようですが
彼女は炎を上げる鉄の上を傷ひとつ作らずに歩いて神の摂理による潔白を証明し
ハインリヒ2世をおおいに喜ばせたそうです。

どうなんでしょう? 肉体関係を結ばないから清いというのは神の教えですか?
もし子孫繁栄を神様が願っているなら、セックスレスは罪じゃないのかしらね?
謎だわ~、この夫婦。

1024年にハインリヒ2世が亡くなると、クニグンデは新王の摂政に就きましたが
1年で引退しカウフンゲン修道院で余生を送ります。

ハインリヒ2世とクニグンデは慈善に莫大な金銭を投じていたので
未亡人になったクニグンデの生活は厳しい状態に置かれていたようです。
なかなかできることじゃありませんね。
精神的な繋がりだけの結婚というのを信じてもいいような気になってきました。

1040年に亡くなるとバンベルク大聖堂のハインリヒ2世の側に葬られました。

ところで、クニグンデが夜眠っている時、女中も居眠りをしてしまい
キャンドルがベッドに倒れて火がついてしまったそうです。
そこでクニグンデが十字をきると炎が消えて大事には至らなかったと…

奇跡をおこしたクニグンデは、1200年に列聖されました。

(参考文献 菊池良生氏『神聖ローマ帝国』 Wikipedia英語版)

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